一歩一歩

上は雲の中
金剛山へ

上は雲の中
金剛山へ

登りは何で登ってんだろうかと自問。
答えは
浮かばない。
下りはもっと思う。
よくこんなとこ
あがって来たもんだと。
ただ
間違いなく思うのは
上はとてつもなく
心地好い。
涼しい。
かぜがよい。
ミドリは美しく
光と雲の様は魅惑の世界。鶯がさえずり
ヒグラシは奏でる。
そんな中の自分は
確かに満ち足りている。
自分の足で
登ってきたから
なお感じる世界。
でも
これを感じたくて
登っているのでもない。
ただしんどくて
目先をみるだけで
なんとなく
身体を進めようとしているだけやし。
その先は考えてられまへん(笑)。


今回は風が強いため、下界が良く見えた。
富田林方面
塔は、PLの塔・・・・ここからはPLの花火も良く見えるのでしょう。



そのなかでも。
交差する方々と挨拶を交わす。

金剛山
5回目
アカバッヂに昇格
追記)





8時15分に最寄りの駅を出発して10時過ぎには何とか到着


しばらく本を読んだ後となる
下山直前の11時20頃の気温
下に降りてくると
暑すぎ・・・・・

風が涼しいよ。
また
潮の香りよし。



バラ園


讃岐の国
高松にて
久しぶりの高松だが
うどんの店は
減っているように感じた。
ここ数年来の
原料となるうどん向けの小麦の不作
バイオ燃料等の影響による穀物類の値の高騰
これの影響なのだろう。
以前,我ながら美味しいと感じたことから
今回もと思った店も無くなっていた。
一番目立つ店が,チェーン店だったというのも
時代の移り変わりと
寂しさを
感じさせる。
再開発途上にあるアーケード街





瀬戸大橋より



金剛山にて
草の中に寝ころんで、本を読むことは
気持ちよし。
40分ほど本を読んで
下山へ


今日の登りは
きつかった。
山歩き
不摂生があり
考えごとがあると
山は正直。

平常心にかえって
ペースを一定に
そして
ただ淡々と
ゆっくりと。


下りは
千早城址のルーツを逆行
下りでもしんどい階段。
登るのは大変・・・・・


眺め
最高。
追記)
京都にて手近にて足の伸ばせるお山は?
愛宕山・・・・・遠い
比叡山・・・・・大変すぎる?
そういえば
大文字山があるじゃないか。
そう思って,ガイドブックなどで調べてみると,いくつかコースがあるようだ。
標高は460m程度でそれほど高くはないのだが,一番下から(標高80程度?)から登ることになるので,楽ではなさそう。
一応,チャレンジする予定で,
荷物になるのに
スニーカーとジャージ類をカバンに入れておいて
,と。
念のために準備だけは整えて。
昨夜は,ビールだけだったが,それなりにお腹に詰め込んで(これがアカンのに・・・・・)
寝るのも多分2時を過ぎていたような・・・・・
チェックアウトの時間(11時)を前提に
戻ってきて風呂に入るや片付けの時間も考えて
となると
かなり朝早く起きないといけないのでは?
可能なのだろうか?
起きました。
もっとも
5時台に起きる予定でしたが,さすがに無理。
それでも6時台に起きて。
二条城周りのジョギングも魅力的だったが・・・
やはり一念発起。
地下鉄に乗って麓まで。



さて,入口。


人が通った形跡はあれども,人の手があまり加えられていない道の連続。

大都市といえる京都のすぐそばに,ひょいと行けるこんな世界があったことはある意味衝撃。


山科方面



大文字山の三角点

少し下っていくと,そこには大文字焼きの点火床がある。
(結構距離があるため,登り始めてここまでは1時間以上を要した)
眼前・眼下に広がる世界は,
まさに絶景。
京都を一望に。
下から見る大文字山というのは低いイメージしかなかったが
こんな高いところだとは登ってくるまで思いもしなかった。
また,壁のようになっていて,見晴らしがよい。





下山は銀閣寺法に降りる道を選択。
こちらはかなり整備されていて,人も多い。

銀閣寺近くからタクシーを拾ってホテルへ。
なんとか無事にチェックアウトを済ませることが出来ました。

2〜3か月前に綺麗になったとのこと

大和高田にて
寂れているのが
なんとも残念。

一所懸命あがってきて。
金剛山にて
自然と下界を見ながら食べるとき。
おにぎりなどがとても美味しい。



(大阪方面:富田林市方面)
腹一杯なんて思わない。
フルコースなど食べたいとは感じない。
これもまた人の自然なアリカタなんだろう。
しかし
連日はつらい(笑)
でも来週は駄目だということがわかっているので
来れるときに頑張って。

今回は、楠木正成が立て籠もった
千早城址を通って。


こんな道に出ると有り難い



新道は
曲がっていて、また、ブナなども
美しく見える道
本道は、薄暗い中をひたすらまっすぐ登る道。
今日は、本道を選択。




法事から戻り。
思い立って,再び金剛山へ
ネットで登山口からの帰りのバスの時刻を見ながら
時間を逆算すると、
直ぐに用意して自宅を飛び出せば
戻ってこれそう。
ということで決断。


2つめの判子。
まだまだだけど
一つずつ。

頂上に到着時の高度の表示
この表示を見ながら登ると,あとどの程度残されているのかの概算がわかる。

登ってくるときと
下るときでは
同じものを見ても
感じ方が異なる。
下っているときには
こんな所を登ってきた
なんて,ほぼ思えない。

バスの時間までには
登り口に降りてくることが出来た。
このバスを逃すと
次のバスは1時間後(最終バス)。
安堵。
この場所のだいたいの高度は

先ほどの高度との差引が
実際に登った高さということですね。
自宅に戻って
一番風呂に入り
ベランダで
ネット接続(笑)
極楽。

麦かな?


活気がありますね。
少し前は,このような団体行動は総て中止されていたことを思うと。

下山は
ロープウェイ駅下までを目指す。
コンクリートで固められたかなり急な坂が続く。
道の風情は乏しい。

冬場
凍結したり
雪が降れば大変な道と化けるのだろう。
そりは禁止と書かれてあった
そりゃそうだ・・・・(笑)
また、
登りは階段ではなく急な坂が延々と続くので相当大変に違いない。



山頂付近は細い水の筋。
この水の通り路が、人の道に寄り添うように下界を目指す。

カジカ(蛙)だろうか、水のせせらぐ音に混じって、話し合いが聞こえる。

聞き耳を立てているのだろうか。

心細いのは嫌なので
水も集い、音を立て、煌めきながらまだ見ぬ世界を目指す。


脇から、早駆けの集団が合一。
仲間が増えて一大勢力に。



バスを目指す私とは、ここでお別れ。

一人
ただ黙々と
一歩一歩
追記)






日頃の不摂生がたたって、えらかった・・・・・・・

もうすぐゴール












向こうに見えるのは奈良県の盆地

シロツメグサの絨毯に寝転がって

空を見る。



松山から伊丹に向けての
ボンバルディア機
夜に帰るときには
是非とも進行方向に向かって左側の窓側に座りたい。
もちろん翼は避けて。
飛行機は
和歌山から大阪に入って
奈良に近いルートを通りながら
伊丹空港に向かう。
プロペラ機はかなり高度も低い。
大阪の南から大阪の中心部へ向けて
左側の窓からは
幾つあるのかがわからない
ダイヤモンドなどの宝石の煌めきが
目に入ってくる。
この眺めは、
キット、世界でも有数の眺めに違いないと勝手に思っている。
伊丹空港の地理的条件
プロペラ機という飛行機の種類が
生み出すスペクタクル。
なかなか左側の席はとれないのだが
たまに、あたると
嬉しくて窓にへばりつきとなる。
なお、
既に着陸態勢に入っているため
電子機器の使用が許されていない。
そのため、
デジタルカメラで空の上からの街の夜景の撮影をすることが出来ない。
残念なことだが。

京都から
新幹線+在来線にて
約4時間でした。


列車で
松山は
遠い。
約3時間の乗車の予定。
目的地は終点なので乗り過ごしはないだろう(笑)


寝る時間を削り移動中も時間を惜しんでバタバタで準備を進め
しっかりと打ち合わせを行い
気が付けば
もう松山発の飛行機の時間。
こちらの写真は
行きの飛行機の窓から

瀬戸内海の向こうは
四国



明治時代に
神武天皇が初代天皇として即位したと考えられる地に創られた
壮大な神社。
明治政府の気概を感じる。
小学校の頃に一度来たことのある場所。
(全く記憶にない)
それ以来となる再来。
奈良県高市郡明日香村豊浦にある小高い丘。
この小高い丘の麓には
かつて権勢を誇った蘇我氏の宗家の邸宅があったとされる。
丘の上へたどり着くには、結構急な階段を登ることになる。
蘇我氏にお仕えしようとすると、足腰がしっかりしていないとダメだ(笑)
この丘の重要性は登ればすぐわかる。
古代の都があった地が上から一望できる。
眼下に古代の都のあった地を見下ろすと、権力者となった気持ちとなる。
飛鳥の地でこれほど戦略的な地は他にはないであろう。

畝傍山が見える。

耳成山も見える。なお、もっと手前には天香具山も見える。
これらは(蘇我氏の反映後の)藤原京の都城方向だが、
それ以前に存在した数々の古都は、甘樫丘のすぐそばにあった。
平面図だけではわからない
生きた歴史なのかも。
麓には沢山の藤などが奇麗に咲いている。


蘇我氏宗家を倒した、中臣鎌子(後の藤原鎌足)の家(藤原家)を象徴する「藤」の花が、甘樫丘の麓に咲き乱れているのは、一つのものの哀れを示しているのだろうか。
ゴールデンウイーク中
もっと人が多いかと思ったが、
それほどでもなく、
緑の中、非常によい時間を過ごすことが出来た。


瓦の世界

人混みの京都とはかなり異なる様相。
いつもおもうのだが
奈良の地は
歴史があり
趣が深く、
また、静寂感が残されている。
そんなことから
お薦めの地である。
なお、古代米を用いた昼食。




明日香村にて
飛鳥時代の遺物
(蘇我馬子の墓といわれている。なお、もともと地中に埋伏されていたものが、覆われた土が無くなって、現在の形を留めることとなっている)

鬼の雪隠(せっちん)

鬼の俎(まないた)
この二つは、もともと一つの古墳の石室を構成していたようだが、ばらけてしまったもの。
俎の方が、小山の上にあるのだが、それから石蓋が崩れ落ちたとのことだが、そのときに周りに人がいたとすればかなりの驚きであったろう。
亀石
なんとなく愛嬌有り。
但し、由来は、必ずしも穏当なものではない。


今日は
昨夜思い立って、
朝から
飛鳥へ。
飛鳥駅からは、自転車(レンタサイクル)での移動。

まずは高松塚古墳を目指したのだが
改修中・・・・・

でも
こんなところで見つかったのねと。
えらいところですね。
来てみて初めてわかります。
キトラ古墳なんてもっと離れたところに(行かなかったけど)。

四神をモチーフとした造園。



風が心地よく
新緑の映える季節。

天照大神が祭られているらしい。
皇族が新幹線で横を通過するときは一礼されるそうな。
タクシー運転手の話しによれば。
追記
近江富士と呼ばれる山は「三上山」が正式な名称。
調べたところ,「古事記」に三上山を御神体とする御上神社に祀られる神として「天之御影命」とあるようだ。天之御影命は,天照大神の孫にあたり,鍛冶の神・刀工の神(我が国の鍛冶の祖神)とされているようである。
近江の地は大陸から渡来の方々が多く住んだ地として知られることを考えると,大陸から当時としては最先端の鍛冶の技術等を我が国に伝来させた一族が住んでいて,尊敬を集めたのだろう。
そのような神が(皇室の始祖となる)天照大神の孫にあたるとするならば,大王家(天皇家)は大陸から渡ってきた一族であるとする考え方の一つのよりどころとなるのかも知れない。
なお,刀工に関することから武神として崇敬を集めたようで,御上神社の寄進者として,源(木曽)義仲,源頼朝,足利尊氏,近江守護佐々木氏,豊臣秀吉などがあるようだ。
御上神社のホームページによれば「当神社は、古来御上神社と称し三上神社とも称した。又、三上大明神社・三上大明神・三上山大明神・三上社等と称した事が諸記録に残る。神体山・三上山は、標高432m「近江富士」ともよばれ、俵藤太のムカデ退治の伝説で知られる。山は二つの峰からなり、男山・女山とよばれ、頂上には巨石の盤座があり奥宮が祀られる。旧暦6月18日には山上祭が行われ、神体山信仰の姿を伝えている。」
とある
大阪(難波)、奈良(大和)、京都(山城)、滋賀(近江)をうろうろしていると、いずれも我が国の古代の話と重なり合う部分が多い地であるだけに、我が国の成り立ちについても色々と考える機会が増える。

打ち合わせが一つ終わって
時間つぶし
異邦人なり
差・和愚・智
用賀にて補給。
昨晩
京都での仕事を終えて急遽そのまま東京に夜遅くに出て来て
朝からバタバタと。
今から
用賀から
打ち合わせ場所へ移動。
夜も別の打ち合わせがあり
その後は
大阪へ。
今年初めての東京は、泊まりがあったのに、慌ただしく過ぎ去るだけのようだ。(笑)
でも
最終に間に合うかな。
これから大雨
雷
らしいが
大丈夫かな。









大和高田にて

満開になると凄いとこだが。
今は
まだちらほら。
葛城地方にて
今まで始発駅であり終着駅だった近鉄難波駅。
その難波駅で電車に乗り込もうとすると、既に車内に乗客がある。
なんか変な感じ。
阪神電車と相互乗り入れが3月20日から始まっている。
知ってはいたが
実感の瞬間。

畝傍駅

絵になる。

いずれからか
鐘の音が
心穏やかに
藤原氏出身の光明皇后が夫聖武天皇の病気平癒を祈願して建立されたもののようで,奈良時代(いわゆる天平時代)の建物であって国宝に指定されている。
当時の建物そのものが1200年後の現在まで残っている。
もともとこの建物は本堂(金堂)ではなかったようだが,何らかの理由で本堂(金堂)が焼失した後に,本堂(金堂)として用いられるようになったと考えられるようだ。
建物内に納められた、塑造十二神将立像も創建当時からのもので国宝に指定されている(但し,国宝指定は11躯,1躯は補作されているため国宝指定から外れている)。因みに、建物内は撮影禁止。
ご本尊の薬師如来(薬師瑠璃光如来)は、
なお、近年の発掘により、創建時は、東大寺をも凌ぐ規模だったと考えられるようになっているとのこと。






草をむしっている音がきこえる。生きている音。


一仕事が終わって


こちらでいただいたご飯(コースもの)の最後の〆は

寿司でした(笑)
でも、どうせなら
もう少しお腹の空いているときに出てきた方が
もっと美味しくいただけたかと。。。。

かつてイギリス人に山焼きの由来を尋ねられたことがある。
大まかな由来は知ってはいるがアバウト。
日本語でも説明困難なものを英語でなど・・・。
知らざるを知る。

街中ではボランティアの方々が英語等で説明を行っておられる。国際親善になろうし、日本文化の再認識にもなるのだろう。
和菓子屋の前で写真を撮っている外国の方あり。
ところで
和菓子って何だろう


奈良も寒し。

水都大阪・・・・・天神橋より


大阪商工会議所前にて




萌えっとあり
ナヨッとあり
銀行あり
ビジュアル系あり
食べ物あり
エロあり
電化製品あり
フィギュアあり
場違い感と同感あり(笑)

大阪天満宮にて







ひとつひとつ
階段を
北海道夕張市は2007年3月に財政再建団体に指定されている。
夕張といえば、かつては炭鉱。現在は夕張メロンで知られる町か。
炭鉱の町ということから、札幌からはかなり離れた北海道の真ん中或いは北部にある町かとイメージしていたが、実際のところは、新千歳空港からバスで1時間20分程度の場所。思っていたよりかなり近い場所。
夕張市が破綻に至ったのは、炭鉱事業の閉鎖等による事業の枯渇及び人の流出に一番大きな原因があるが、それ以外にも箱物行政(大型施設等)があるとされる。
「夕張ドキュメンタリーツアー―財政再建団体下の地域と再生―」
箱物を造る際には国の補助金がかなり下りるため、公共事業をあてに箱物を作る地方自治体はかなりあるようだ。しかし、作ったのはよいが運営に巨額の費用を要するため結局破綻への道筋を作ることになるようだ。
夕張市は、破綻した財政を立て直すために超緊縮財政を余儀なくされているとのこと。、
wikipedeiaを参考とされたし。
遠いところの話だったものでも
その場所に行ったりすると身近に感じられることとなる。
夕張市は最盛期人口12万人を誇ったものの、現在は人口の減少が続き1万1000人となっているとのこと。
バスの運転手の話では、夕張市は、入院設備を伴った病院がなくて診療所しかないため、特に人工透析の患者等が大変な状態にあるとのこと。人工透析は毎週2~3回血液透析を受ける必要があるところ(受けなければ生命に危機が及ぶ、また、血液透析は1回に4時間程度は要する)、夕張市内では受けることができず、札幌等の病院のある市での受診を余儀なくされる。しかし、高齢者の割合が高くまた雪が多い場所故にそのような通院はとても大変なようだ。
夕張市は、現実的には単に至ったことから色々な問題がすべて表に出てきているが、現実的な破綻には至っていないもの、近い状態にある自治体は少なからずあるようだ。

活気のあった頃の夕張駅

少しだけ町を歩いてみた。
日曜日の朝、雪かきをしている方々はやはり高齢者ばかり。
店は開いているのか閉まっているのかわからない状態。
道で若者を見かけることはなかった。




ふさいのまち
@携帯より





夕張駅


黄色のハンカチは
夕張が映画「幸せの黄色いハンカチ」のロケ地であったことに由来。



2007年3月に財政破綻した夕張市
再建途上。
色々なアイデアにて勝負(笑)。
夕張メロンパンはとてもとても美味しい。
メロンパンの中にクリームが入っている。
そのクリームがメロン味で絶品。



レディー2人とデート(笑)
関内駅から寒い中
徒歩移動。

屋形船との対比が面白い。

赤レンガ倉庫街

山下公園

中華街

関帝廟


梅蘭やきそば
店を予め決めていたのでなく,人が並んでいるところは美味しいのだろうと,その後ろに並んで(笑)
色々と美味しかった。
でももう帰らなくては。

日産スタジアム(旧名称:横浜国際総合競技場)
2008年12月18日(木)・21日(日)には「FIFAクラブワールドカップジャパン2008」がこの場所でも開催されるとのことだが,その準備を進めているようだった。
なお,その頃のホテルは既に満室が多いとのこと。
(18日は、ガンバ大阪vsマンチェスターユナイテッド)
日頃走らないのに
こんなとこに来ると(笑)
雨も降って寒くまた二日酔いなのに(笑)
日産スタジアムや横浜アリーナなどをみて
事前にGoogleMAPでめぼしい目標とだいたいの位置などを調べて。


なお横浜アリーナではヨン様のイベントがあるらしく午前8時過ぎで傘をさして長蛇の列
凄い。



風呂に入って
その後は
腹ごしらえ(笑)


70階より

ランドマークタワー
新横浜から電車で横浜(みなとみらい)へ移動
郎党(ゼミOB達)を率いて
70階にあるホテルのバーに




社会体験
色々な世界があることを見せるということも
先人としての一つの役割かと。
私も先輩方に色々と教わってきて
今がある。
そのお返しを
後進に対して。
しかし,遅い時間でも人が次々とやってくる
こちらの人の生活は夜型が多いのかねえ。
そんなに安いものでもないのに(笑)
でも,新地でボトルを入れて飲むことを思えば
皆の分を出してもリーズナブル(笑)

町並みを見る余裕はないのが残念
追記)
この町は、近江商人の発祥の地であって古い街並みが残る町。
一度ゆっくりと街並みを堪能してみたいものなのだけれども。
シビアなものが待っているのでね・・・・・・・
打合せが終わると
お勉強のために
大阪に向けて・・・・・・・

@携帯より
朝・勇有利
新・洞衛御
大和八木からは橿原神宮も近いんですね。

地図は、色々な発見をもたらしてくれます。
まあ、打合せのため、行けませんけどね。
いつぞやには。
今日は、どのように終わらせるかの会議。
良い方向にある場合といえども下駄を履くまではきっちりと進める必要有り。

奈良線と和歌山線の分岐点
@携帯より

雨とともに
静かに秋が
@携帯より

明日に備えて前日入り
ということで少しジョギングを
広島城前にて
追記)




平和であること。
有り難いことです。

広島市民球場
広島城
今日は
戻ってきてから
途中のコンビニで買ってきた
野菜ジュースを飲んでみた。
ジョギングのあとの
野菜ジュース
結構いい!
やみつきになりそうだ(笑)
さて、
風呂に入って
それから
明日の準備。。。。。。。

思っていたより広い
追記)
何度この前を通ったことだろう、
数百になるのだろうう。
でも入ったことがなかった世界遺産。
今日、その日が来た。
思いの外、落ち着いた建物で、よかった。
(なお建物内は撮影禁止)










日本の都城文化の発祥
感慨深し
追記)
仕事のあとに
藤原京へ

発掘作業中。
藤原京内にはいって気が付いたが、
大内裏の背後に耳成山

南面して左手には天香具山

南面して右手には畝傍山

藤原京は、大和三山に囲まれた都。
実際に来て初めて実感が。
正しく
万葉の世界!




秋・秋・秋
。
。
。
。
。
。
相も変わらず携帯からの投稿が表示されないココログ
いつになったら改善されるのか・・・・・・・・・

滋賀にて
@携帯より

カミナリ付き。
こんな日に仕事はやだね。
@携帯より

台風13号の影響か。
@携帯より
最近
携帯電話からの投稿が表示されなくなってしまっている。
niftyも不調がしばしば。

ピタパの利用が可能だったんだ。
いつも発車間際のバスを眼前にしてバタバタと切符を買っていたものだが。
次からは、多少の余裕ができるかな?
@携帯より

大阪空港にて
松山空港にて
雨が降るとこのようなカバーが出てくる。

外での仕事が終り。
さあ
仕事場に戻りましょう。
@携帯より
この投稿も表示されていなかった。
niftyよ
しっかり働いてね。

本日帰還
@携帯より

シビアさから開放されての帰途。
仕事がまあ思ったとおり行ったと思えることはなにより。
しかしシビアなものがあると、他に何も出来ず。
それが悲しい。
駅弁食べてビール飲んで後はふて寝?
幸い新幹線行だし(笑)

Pont Neuf
ポン・ヌフ(橋)
追記)
最終日の朝
少しだけジョギング
セーヌ川沿いを。
ただし
ジョギングをしにいったのか
写真を撮りにいったのか(笑)
なお、冒頭の写真は、フランスからの写メール(iショット)での投稿。
フランスからでも、画像付きのメールが送れます。

サマータイムのフランス。
もうすぐ7時というのにまだまだ暗い。
5時台から明るい日本とは大違い。


セーヌ河畔

石畳の川縁

シテ島方向


目指すは、ノートルダム大聖堂

ノートルダム大聖堂

コンシェルジュリー:マリー=アントワネットが収監された場所。






オルセー美術館とエッフェル塔


チュイルリー公園


何人の人が通ったのだろうか・・・・・・
石の階段がすれて凹んでしまっている。


サマータイム
フランスではサマータイムが導入されている。
従っていつもより1時間時計が早まっているということになるのだが,外が明るくなってくるのが午前7時前になってから。午前6時はまだ暗い。現在8月であることを考えても明るくなるのは遅い。それにひきかえ,夜は9時頃まで明るい。
インターネット
かつてとは違い,いまや情報入手や情報発信のためにはインターネットを利用できる時代となっている。
インターネット時代に入ってもう何年なのだろうか。
最初は,インターネットといっても電話回線を利用しての接続。定額サービスがなく,また,接続スピードもとても遅い時代。国内での利用でも,電話代が1ヶ月に1万円を超えることがあった。そんな時代に,まだ国際電話が高い時代にインターネットを利用してなんて,海外ビジネスに全く関係のない私には考えられないこと。
それでも興味があるので,その当時はソニーのバイオだったと思うがマウイに持ち込んで,日本にて予めアクセスポイントを設定し,マウイからダイヤルアクセスにてメールを1通日本に送ったものだ。それは5年前の出来事。
ところで国際電話というと,一番最初に利用した国際電話は,ロンドンから公衆電話を利用して,小銭を使って自宅(実家)に架けたものだった。ごくごく短い時間に無事だということを伝えただけだったが,実際に地球の反対側まで電話がつながっていること,そしていつも変わらぬ声が聞こえたことに感動したことを思い出す。あまったコインの利用方法として重宝した。
その後,海外に出る機会に,コインを用いて電話ということを試みたことがあるが,コインを用いて国際電話が出来る時代では無くなってしまっている。
なんとなく寂しさを感じてしまう。
時代は進み,パソコンの時代となり,また今やブロードバンド接続の時代。
今回もパソコンを持ってきた。
ホテルからもインターネットへの接続環境がある。
しかし,1時間で7ユーロ・・・・。
考えようによっては安いのだろうが,個人的には,そこまでして仕事をしたいとも思わないので断念。
携帯電話。
ドコモを利用しているが問題なく利用できるようだ。
利用できるかを事前にチェックはしてきたが,実際に利用できそう。
画面上,自動的に,日本時間と現地時間が表示されるようになった。
世界は狭くなっている。
日本食と西洋文明
街中を歩くと,日本食の店が多い。また,それなりに人が入っているようでもある。日本食ブームというのは本当のようだ。また,日本の食材を専門的に販売している店もある。日本から輸入されたものが多いが値段はかなり高めのようだ。それでも,日本食から離れられない人にとっては,有り難い存在なのだろうと思う。客もかなりの数が入っていた。
ホテルの朝食はビュッフェスタイルだがご飯(白米)が用意されている。それだけ日本人客が多いということなのだろうが,西洋の方もご飯をよそって食べている。しかし,ご飯に醤油を大量にかけている。
食に対する感覚の異なりを感じる。
日本人は食材そのものの旨味を最大限に引き出して食することをその本質とする。それに対して西洋の食事は食材を制覇することをその本質とする。
このようなことを目の当たりにする機会。
樹木の刈り込みについても同じような考え方を見てしまう。
日本の植木は,木々と相談をしながらその木の持つ特性を引き延ばして形を作り出す。その延長線上に日本庭園がある。手を加えるがその延長線上には自然そのものがある。西洋の木々の刈り込みは全く異なる。極端な話,立方体や三角すいになるように木々が刈り込まれている。それによって庭園の造形等が成り立っている。
相手を屈服させてでも自己が正しいと思っている考えに相手を従わせるという発想の延長が,力強い西洋文明を発展させ,その派生として無謀とも思える大航海時代を産みだしたのだろうし,また,今につながる(いいかわるいかはさておき)西洋的思想の外部への押しつけにもつながるのだろうと感じさせられる。
ルーブル美術館
外から見る建物の壮大さにまず圧倒される。
中ではその数の多さに打ちのめされる。
教科書で見たような美術品が多数有り其の凄さをまざまざと見せつけられるのだが,その多さ故にお腹が一杯。
欲張りを避けて我慢をして範囲を決めてしまって見るしかないのだろう。
次にも必ず戻ってくるぞとの決意の上で。

オペラ座(オペラ・ガルニエ)
建物そのものが美術品。
このような場所で演じられる甘美とはどのようなものなのだろうか。
一度でもよいからここで上演されるオペラを観てみたい。
オペラ・バスティーユが出来てからはオペラはそちらの方で上演されることが通例となり,ガルニエの方はバレエが主流だそうな。
もったいないような気がする。
ところで,解説書によると,社交の場としての施設との意味合いが強く席によっては舞台が見えないそうな・・・・・
「何じゃそれ!」
やはり私は関西人。

物価
高い!
うどんが10~12ユーロ程度。1ユーロ=166円で両替していったので,12ユーロだと2000円程度になる。
レジにて
スーパーマーケットにエビアン等の買い出しへ。
安いとまでは言えないが,それなりの値段でものを入手できる有り難い場所。
しかし,日本のスーパーマーケットにおける手際よさになれた者からみると,パリのスーパーのレジの非能率。
運の悪いことに,2つ前の客の商品に値段の不明のものが入っていたようで,係員が延々とその対応を行っている。責任者を呼べども来ず。結局,ほぼ放置状態が続く。日本では考えられないような対応。
いつまで経てども解決する兆しもなく閉口させられたが,最終的には係員が来て解決に至ったようだが,なんとも・・・・aaaaaaaa
凱旋門にて
階段を上がると屋上へとつながっている。
凱旋門を中心として放射状に道が放たれている。
この様子を上から見ることは壮観そのもの。
パリが眼前に。
このスポットはとてもお薦め。
階段は250段あまり。
なお
屋上近くには御手洗(もちろん水洗)がある。
どのように流れていくのだろうか・・・・
なお,物品納入のためだろうがエレベーターもあるようだ。
凱旋門の内部はどのような構造になっているのだろうか。
大人9ユーロ
子供ただ
シャンゼリゼを通って帰る。
子供たちオーバーワーク(ウォーク?)でダウン。
考えなければならない・・・・。

その余は
また
エコノミークラス
エコノミーだが各座席にモニターが設置されている。
フランス語と英語表記がある。
私の好きな飛行機の現在位置確認も各人でチェックできるようになっている。
最近の映画や音楽も各人にてチェックできる。
一昔前はエコノミークラスでは考えられないサービス。
便利な時代となっている。
前の座席の幅も以前と比べるとあるようになったように感じられる。
私のような足の短い人にとっては特に問題がない程度。ただ,アングロサクソンのように足の長い方にとってはかなり辛そうな状態であることに変わりはないが(見ていて気の毒・・・こんなときにには短くてよかったと???悲)
JALとのコードシェア便と言うこともあるのだろうか,食事は美味しかった。
また,日本語を話すスタッフも多く,不便は特に感じなかった。
かつて,ニューカレドニアに赴いた際に利用したエールフランス機。
全く理解の出来ないフランス語に,それでなくとも英単語しかわからない私にとってて英語に聞こえないフランス語なまりの英語・・・そのときとは大きな違いだった。
片道12時間。
我慢が必要な大変な道のりであることは変わりないが,かつてイギリスへの直行便を一人で利用したときには相当な苦痛があった記憶と比較すると大きな違い。
入国審査
長蛇・・・・係官の数がすくない。
なんとなくフランスらしさを感じる。
入国審査自体はあっけない。質問無し。
トラベリングと答えていた人は列から離されていた。
入国審査の前に気が付いた。
帰りのチケットを持っていないが大丈夫なのだろうか?
かつては,帰りのチケットを日本で受け取って赴き,入国審査の際にはそのチケットを示して,何日まで,目的は・・など聞かれたものだったが・・・
どうなるのだろうか。
大丈夫?帰れないのでは?と。
でも,入国審査の際には,提示を求められず,また質問もなく特に問題とならず。
空港からホテルに
空港からの往復は現地の人にお願いしていた。
その他はすべて自由行動なのだが。
スタッフとの間ではやはり帰りのチケットがないことで「どうして?」
そんなことを言われても・・・・
すったもんだがあった後,最終的にわかったことは
Eチケットになると航空券は日本では受け取らないようだ・・・
このことがわかるまではかなりの不安が継続。
家族が帰れない??
そんな中でも
バスの中からサクレクール寺院が目に入る
思っていた以上に小高い丘の上にある
パリが初めて目に入ってきた。
少し異国に来た実感が。
街中にはいると一昔前を感じさせる建物群。
同じような風合いのものばかり。
もっと個性がある建物が多いかと想像していたのだが。
迷子になりそうだ。
ニューヨークともかなり違う。
ホテル
1890年代に建てられたもの。
チュイルリー公園の向かいにある。
ただし,窓からはホテルの狭い中庭しか見えない。
窓からの風景といえば
かつてヨーロッパを独り旅?したとき
ロンドンでの1泊目は日本で予約していたもののそれ以外は現地での自力にて。
英単語のわずかな能力しかない状態での無謀なチャレンジだったが,確か2件目となる安いB&B(ベッドアンドブレックファースト)の3階だったか。
重い荷物を階段をもって上がったような・・・
部屋の狭い窓から見えた家々の屋根と教会の尖塔。
そして朝の教会の鐘の音。
色々あってこの先大丈夫だろうかと思い続けてきた旅だったが,ヨーロッパを感じ,そして何とかなるのだろうと思えた時。
窓の外を見るときには,いつもそのときのことを思う。
今回はそのとき以来のヨーロッパ。
時差
ホテルには午後7時過ぎ頃に到着。
この日には凱旋門への予定を組んでいた。
しかし,子どもたちが眠いたいと。
日本時間とは7時間の時差。
日本では既に午前2時をまわっている。
なるほど,子どもの身体や感覚は正直。
この日はここでおしまいに
休みを予定したものの、7月末までの〆切が少なくない。
よって土曜も日曜日も・・・・・
ということで何とか最低限のことは仕上げて。
あとはあちらにて・・・
とは、思ってみたもののネット環境がどうなるか不明。
ダメなときは、諦めも肝心??
などとも考えて。
無線の接続は何とか可能。
時間帯などにもよったが、かなりのスピードで接続も出来た。
ということで、あちらで残された仕事を少しばかりは。
へとへとになって帰ってくるのが
日本での休暇?
となれば、最終日も泳ぎに??
とはならずに
最終日はきままにドライブでした。
灯台に行ったのも
マングローブに行ったのも
その一環。





しかし車で走っても結構な距離と感じたところ
これを人の力で・・・・・・
トライアスロンのコース
チャリンコは島内を1周半も
私には想像を絶する世界。


積乱雲あり

一瞬の表情

@携帯より
追記)





食事タイムが終わるまでに帰り着くか心配だったが
何とか間に合いました(笑)
ここまで走る予定は無かったので・・・・・・
日頃の不摂生
そして
二日酔いの身体には
しんどすぎ(笑)

ジョギング中
我ながら
偉い?(笑)
@携帯より
追記)
昨夜は深酒
目覚めたのは5時・・・・・
実は6時に起きる予定で携帯のアラームを設定していたのだが
なぜか携帯の時刻がサマータイム状態?
1時間早まっていた・・・・
よって、5時
辛い・・・・・・
早く起きたのはジョギングをしようと考えていたためだが・・・・・
しんどい
でも、・・・・・・・・
ということでなんとか





その前に
都庁の裏あたりで
腹ごしらえ(笑)
@携帯より

東京マラソンのスタートは このあたりだったね

雨の野洲にて
@携帯より

ばたばたと
これから日帰り出張
@携帯より
松山にて
う〜ん?があって
心中やや複雑にて
伊丹着

うまく行くか?
@携帯より

@携帯より
追記)
















自宅を9時半に出て・・・・・電車とバス
そして、登りと下り。
それでも
午後3時前に自宅に戻ってくると
楽(笑)
自宅でシャワーを浴びて
一息ついて
それから買い物へ・・・・・(笑)
追記2)5月5日
久しぶりに登ると、結構きつい山でした。
今までも楽ではないとは思っていましたが(笑)
ただ、
今回は、荷物がほとんどなく
そして、ちょいとジョギングを続けた成果でしょうか
息が切れることはほとんどなかったということは嬉しい。
頂上で
カップヌードルを食べて
それだけで
下山
新緑の頃の
山の中の何とも言えない
香りや空気は
人の心と体に
新たな生命力を吹き込む。
暑い下界に比べると
涼しい。
歩いて登れる山へ向かうこと
たまにはどうですか?(笑)
しかし
日頃使わない筋肉を使うため
あちらこちらが痛い(涙)・・・・
それは
覚悟されたし・・・・

嵯峨野から亀岡へ
@携帯より
追記)



トロッコ列車に引き続いて
保津川下り







西山艸堂にて湯豆腐を。
天龍寺の塔頭のひとつ妙智院の中にあって嵯峨で最も古い湯豆腐のお店とのことで、メニューは嵯峨森嘉の豆腐を使った湯豆腐定食だけ。




そのあとは
嵐山でボートを漕いで・・・・・・・
大阪城野外芸術コンサート2008
「星空コンサート」
大植英次指揮
大阪フィルハーモニー交響楽団


オープニングは
R.シュトラウス/交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」から冒頭部分
日没時間帯には
ドヴォルザーク/交響曲 第9番「新世界より」第2楽章から


ワーグナー/楽劇「ワルキューレ」から“ワルキューレの騎行”演奏風景

リムスキー=コルサコフ/交響組曲シェエラザード第3曲“若い王子と王女”から演奏風景

パガニーニ/ヴァイオリン協奏曲 第1番第1楽章の演奏風景
ヴァイオリン独奏は登坂理利子さん。12歳の中学1年生とのこと。
見事な演奏でした!!

J.ウィリアムズ/映画「インディ・ジョーンズ」から“レイダーズ・マーチ”演奏中
マエストロは巨大な岩にも追われていましたよ。

ポンキエルリ/歌劇「ジョコンダ」から“時の踊りの演奏があり
このときには、バレイをされておられるお子さんでしょうか
曲にあわせておどっておられましたね。
子供も一緒に、このように楽しめる機会というのはとてもほほえましいことですね。

最後は
チャイコフスキー/序曲「1812年」
大阪府下の4つの学校のブラスバンド部の部員の総勢100名が左右に分かれて参加。
大阪府立淀川工科高等学校
(あの名門ヨドコウ「旧:淀川工業高等学校」は校名が変更していたのですね・・・知らなかった・・・・・)
明浄学院高等学校
箕面自由学園高等学校
近畿大学
(淀工と明浄は昨年度の全国大会で金賞だったのですね[大学の部では近大も金賞]・・・・・・・淀工については驚かないのですが、明浄は復活を遂げていたのですね・・・・・)
演奏は圧感!!
これほどの迫力のものはそうそう聴けないのかも。

アンコールは
星条旗よ永遠なれ
夕焼け小焼け・七つの子・故郷
そして
八木節
雨もなく
昼間強かった風もおさまり
寒さも思ったほどは厳しくなく
音楽は素晴らしく
大満足のうちに終演・・・・・・・・・・・・・・・・
ハスキーボイスでいつもながらの大活躍のマエストロ
(気管支炎とのこと・・・・・早い快復をご祈念しております)
そして、大フィルのメンバー
大阪市
やスポンサーやスタッフの方々
そして
集った多くの市民
(1万人近くは集まったのでしょうか・・・・・・・:追記:約8000人だったそうですね)
このような方々があってのこのような機会。
橋本知事は
観ていないでしょうね。
また、
関心もないのでしょうかね。
仮にそうだとすれば
大阪の将来は・・・・・・・・・・
そうはなって欲しくないものです。
「悲愴 橋下知事の倹約タクト、大阪の楽団「存亡の危機」:2008年04月26日13時01分」
大阪城を離れた
横断歩道の上で
夕焼け小焼けを
口ずさんでいた
子どもたちあり。
こんな姿が生まれる機会
いいねえ。
クラシック音楽を日頃聴かれない方
クラシック音楽のファン
今回、聴けた方々
今回、残念ながらダメだった方々
(私は、昨年ダメでしたが、今回復活・・・・笑)
また、来年を
楽しみにしましょう!
見つけた関連記事は
コメント欄に
(表題等も拾えたらいいのですが、時間の都合もあり申し訳ありませんがアドレスのみ表記しています)
なお、勝手ながらTBを送らせていただいている先がありますが、不適切と判断される場合は、申し訳ありませんが削除して下さいませ。

志摩ロードパーティー
今年も完走できました!
相変わらずの坂(笑)それにとても暑かった。
そうではあり
練習不足もあるが
結果はちぼち?
大会をサポートしてくださるボランティアの方々にはありがとうと御礼も返しつつ
たてたちょいと過大な目標には
もう一つだったかね(笑)
まあ
初走り10km参加の嫁さんの伴走を1.5km程行った後と思えばね(笑)・・・(予想外に[失礼]・・・(笑)時間内に完走出来てました)
参加隊も増え
にぎにぎと(笑)
帰り電車の
@携帯より
追記)
過去ログ
2007年4月22日 (日)淡々と。何とか完走(但し,半分だけよ)@志摩


天気よし
風よし
追記)





(いったい幾つの石がここに運ばれてきたのだろうか、それもあちらこちらから・・・・・・)
大人の入場料が200円要するが
この程度の値段でこの空間を楽しめることはうれしものである。
緑と空と城と現代
入り交じった世界は
一種独特の感がある。
特に早い時間帯は人が少なく
使い放題にも近い(笑)
1日ぼーっとしているだけでも
いい場所だと思う。
利用時間
9時~17時(3月~10月)
※桜の開花期は20時まで
9時~16時30分(11月~2月)
休園
月曜日(休日の場合は翌日)
年末年始






山の上の桜は、未だつぼみ。


夕日に映える桜

温かし







座って
緑との対峙




とはいえども
大阪へとんぼ返り(笑)

栗東あたりかな
新幹線の駅ができれば便利だったが(笑)。
@携帯より

時間あり
予習中
今日は外がいいよ(笑)
@携帯より
追記)3月7日
約束の時間まで、資料の検討。
茶店を考えたが
天気の良い日は
ちょいと丘のてっぺんで。
キャリアーを引っ張ってのぼるのはちょいとつらいが(笑)
道は整備されている。



眼前の風景

右手

左手

こんな中での仕事は、なかなかのもの(笑)

時節柄、遠足も多し。

四国でも雪山が見れる。

下りは、階段・・・・・・・・・
二仕事後には・・・・・・・魚で一服

ボンバルディア機・・・・・・・・・・

しかし、無事に戻ることが出来ましたよ。

久しぶりに
来た場所。
@携帯より
追記)


また聴きたいものです。
東京散歩中
@携帯より
追記)

古い民家と高層ビル
そして開発が予定されているのだろう・・・・・・空地(現在駐車場)
冬枯れの蔦

本幹の太さに驚かされる。
なお,茂っているときはこのような感じだった
一面の蔦

ところ変われば景色は一転。
またわずか数分で雪のない世界。
@新幹線内から携帯にて

しんどかったが
結果的にはよき日でした。
成績はともかく(笑)
@携帯より
帰宅途上の新幹線にて
追記)

夜明け映す東京都庁舎



スタート地点まで 14分かかりました(笑)

打合前郡山城跡界隈散策中
@携帯より


郡山城(外郭はこのような感じだったようだ)の天守台の跡地に上がって周囲を見晴らすと,
この地を選んだことを考えさせられる。
南都の有力な寺院郡を見据えながら
町々を見下ろす場所。
郡山という場所を,今までそれほど考えたことはなかったが
実際にその地を訪れて周りを見ることによって考えは新たになる。
ただ,それでも見渡せる範囲は狭い。
奈良という地を,かつて治めた者達の苦労がしのばれる。



郡山 といえば 「金魚」
「金魚の塔」だそうな


古くからの町には
通行人には
気付くことがないかもしれない
文化が潜んでいる。
そんな世界触れることが,少しでも出来ると
今まで全く考えもしなかった
古代の世界の近くに住んでいることの
ある意味,幸せを思う。

ネットのつながらなかった場所
それはそれで諦めがつく(笑)
大阪に向かう前に

運河の町
「小樽」へ
スキー場でもそうだったが
中国や韓国からの(観光)客が多いことに驚かされる。
北海道のスキー場へは,オーストラリアからの人も多いそうだ。
町は,かつて(戦前)北海道の経済の中心を担ったということで
威風堂々の造りの建物が多く見られた。
小樽に商科大学が設けられている歴史的背景は
町を見れば一目瞭然と言うこと。
倉庫街にある店にて食べた
ラーメンは美味しかった!
(左が白みそ,右が赤みそ・・・・・・個人的には赤みそのほうがこくがあってより美味しく感じた)



沢山のランプで飾られた小樽駅の駅舎の窓
駅舎を見ても,かつての小樽の繁栄をうかがい知ることが出来る。
小樽からは列車
車窓からの海

そして北の大都会へ



雪祭りの準備中



小樽は,学生時代に,フェリーで舞鶴から北海道に向かって以来の久しぶりの地
夜11時頃に出港してついたのは2日後の朝4時か5時頃だったか・・・・
このときは,列車が動き始めるまで駅で時間を費やしたというほぼ通過のみの状態だったので
全く記憶に残っていない・・・・
札幌・・・・・・ 改めて大きい町だと再認識。
新千歳空港にてエッジをつかってネット接続してメールのチェック。
現実が待っている。
投稿:1月23日
blog今日もいい日


最後の最後に晴天







ボーゲンもまともに出来ない下手者(=私)にはとても難儀な斜面・・・・・・(笑)
でも,3年目(3回目)でこのような斜面を下ることがなんとかできるようになったことだけでも進歩かねぇ(笑)


景色が見えたのは嬉しかったものの
見えすぎても,ちょいと怖い・・・・・・周りは見えない方がよいことがある
疲労困憊・・・・・・(笑)
上手くならんもんですなあ。

北海道は
海のもの
ジャガイモ,カボチャ,アスパラガス等
おいしいものに溢れている。

雪の舞う寒い日
朝から夕まで
断続的に練習
しかし
いつまでたっても上手くなりませんなあ
それでも,ほんの少しばかりこんな感じなのかねえ
とも思える瞬間はあるのですが
基本がまずだめなものですからねえ・・・・・・

なおここは
エッジは通信が不可の地
インターネットはしばらくお休みとなります(笑)
投稿;1月22日

熱燗のエナジーを蓄えたものにとっては
心地よし
@携帯より
1月22日追記)

熱燗の飲んだ酔っぱらい(=私)が飛び込んで出来た痕跡・・・・
アンダーシャツ2枚で腕まくり状態
氷点下15度以下だろうと思える状態で(昼間でも氷点下10度・・・)
アホそのもの・・・・(苦笑)
よく風邪を引かなかったものです。

着いた時間が遅く
(空港からバスで90分の予定が3時間以上要した)
初級コースで1本滑っただけでリフトストップ。
あとは,更になだらかなファミリーコースで修行。

しかし,日が落ちたあとは極端に寒い・・・・・・





小雪舞ってます。

この時間帯懐かしいねえ。
次の日を考えると大阪に帰りたかったが
今の時間になっても京都。
今年も何度も来た京都も今年は今日が最後だろう。
そう思うとチョイトサビしいか。
しかし
寒い(笑)
@携帯より
昨日
途中,福山から大阪までの新幹線はN700系だった。
特に意識していたものではなく偶然。
テーブルが前とサイドの2つ

読書灯は椅子にあり

パネルはこんな感じ

リクライニングのスイッチ

コンセント有り
パソコンにワンセグ有りの人は,PCでテレビをずっと見ていましたね。
そんな時代になってきたんですね・・・・・

椅子も堅めで,長時間座りやすそう

159669
blog今日もいい日

さてと
うまくいくようにせねば。
追記)

読書灯
この椅子は座り心地が良くて好き。
時間的にいえば新幹線で行った方が近い。
しかし,ちょいとせわしい。
また乗り過ごすと大変。
近鉄特急だと2時間強要するが
名古屋は終点だし
座り心地の良い椅子故に,結構寝れる。
気が付けば。
名古屋だった(笑)
追記)
時間的にも予定通りとなったし
内容的にもボチボチだったかね。
2日間まあ何とかクリア。
1日目の夜は大阪にて宴会







そのため2日目は
大丈夫?感もあったのだが
・・・・・・・・・(笑)
なんとかクリア。
3時間×2
聴く方は大変だろうが
やっている方は,案外,やってしまえば短い??

昨日は東京からのお客さんとの機会。
今日のことを忘れて飲み過ぎ。朝、後悔。
体調不良ではあったがしゃべりのほうはぼちぼちだったかな(笑)
@携帯より

なお,
写真をPCにダビングしてみると
全く記憶のない写真がある。
前夜・・・どこを歩いていたんだ???
(北新地のあたりということはわかるが・・・・)












いつもながら思うが
よく家に帰ってこれるもんだ。
新聞報道などでは
「酔っていて全く覚えがありません」
というコメントをよく見かける。
私としては・・・・・
悲しいながら
良く理解できる・・・・・・・・・・(反省)
何があったのかわからないというのは
それはそれで
つらい・・・・・・

冷えますなあ。
そのせいか
少しでも暖かそうな伊勢志摩行き特急は満席。(暖かさの実はかわらないと思うが)
月曜日というのにすごいことで。
うらやましい。
追記)11月20日
打合せ後に少し散策










畝傍駅方向


北八木あたり




風光明媚
今週末は,仕事を持ち帰ったものの,結局やる気にならず・・・・・・
切羽詰まっているはずなのに・・・・・?
大丈夫か?
11月は,予定表を見ると・・・・・・
それはともかく
また,そんなときではあるのだが
参加する以上,ジョギングもやらないわけにはいかない・・・
とりあえず,淀屋橋近辺まで行って,






明日は雨だそうな。。。。
弁天町方面へ進路をとる。


目指す方向にある建物
弁天町方面にはあまり行かないので,道路がよくわらない。
途中,よく道を失う・・・・・・・
でも,ときどき,その場所を示すビル(弁天町駅近くにあるビル)が目に入る。
このようなランドマークがあると助かる。
その方向に修正。


交通科学館前よりSLを撮影
弁天町方向に向かったのは,
仕事柄,今日もある人が働いているかも知れないと思って。
目指す人は,仕事場にはいなかったものの,外に出て活躍されていました。
このことは,たまたまあることからわかったのですが,とてもラッキーでした。
数年前は,学生だったのに時を経て成長している。
立派に働いている場面を観ると,凛々しさを感じるし,嬉しいものです。

大阪ドーム

JR環状線
渡し船



大阪市内にはいくつかの渡し船がある。
川の多い町ゆえの風景。
ただし,かなり数が少なくなったようだが。
大阪市民歴が長いわけでもない私も今回が初めての機会。
なお,無料で利用が出来ます!


ワコール社製の「CW-X」:セミロング(6分丈)
http://www.cw-x.jp/index.html
このような類のものには,今まで抵抗があった。
足短いし(苦笑)。
しかし,少しでも走ることの助けになるのであればということで,店頭でみて,「ほぼ」衝動買い。「ほぼ」というのは,値段がそれなりのところ,買ってホントに使うの?との声との闘いがあり,迷いに迷ったのだが,結局はゲット。
今日は,早速,使ってみた。
走りそのものを助けてくれているのかどうかはよくわからない。しかし,足の筋肉への衝撃の緩和(肉離れ予防?)或いは疲労の緩和には役に立つような感じがする。結構,機能的で優れものかも知れない。
一度使用しただけなので,まだまだ未知数ではあるが,すこし長めに走るときにはまた使って,更に,比較してみたい。
なんとなく,格好だけは(体型はともかく・・・・)それなりになってきてしまっている?(笑)
あとは,実力をつけたいところなのだが・・・・
これが難敵。
それはともかく
あいかわらず
フルマラソンにはまだほど遠いねえ。

JR奈良旧駅舎
オバサンのいくつもの集団
五月蝿い
自ら無敵だと言っているからどうしようもない(笑)
追記)

たぶん
正倉院展に向かう人達なのだろう
かなりの人数になるようだ・・・・・・

けうは
暑い(笑)
@携帯より
追記)




路のつきあたりに銭湯の煙突
なんとなくいいねえ・・・・
11月も間近というのに
汗をかくような日には
ゆっくりとしていきたいものなんだが(笑)

秋の景色ですなあ。
葛城地方にて
@携帯より

いつ以来なんだか。
大きく変わったと聞いていることから
様子見に
かつての面影のありや無しや
微妙(笑)
@携帯より





表参道を往復し
青山通りを経て
渋谷方面へ
途中,懐かしき場所に
25歳の頃,渋谷あたりで7~8泊したことがあった
お金のないときに
大変だった(笑)
宿泊先に缶詰ばかりもおもしろくないので
散歩がてらに
渋谷,表参道,原宿等を探索したものだ
そんなときの思い出の追体験。
今でも宿泊先はあるのだろうか
等々思いながらの道すがら



渋谷駅から宿泊先に向かう途中の宮下公園には
当時,カップルがいっぱいだった。
また当時,明治通り沿いに,おしゃれなレストランがあった。
そのときには
きっと
宮下公園でデートして
このレストランで食事をしてやる!
なんて思ったことを思い出す。
(後に,実現させたけどね・・・・・・笑)
今はといえば,
公園内に,デンと構えるフットサルのグランドがあり
そして,無粋な青テントだらけ・・・・・
思い出は蘇り
そして
思い出は去ってゆく。


ビルの谷間に見える月


渋谷駅前の交差点

まあ,私の中で,
一つの時代があったということなのか。

・・・
@携帯より
追記)







だんだん
もの悲しい季節になってきましたね・・・・・・・・
同じ日暮れ時でも
(前日の)山に囲まれた京都と
海が眼前に広がる尾道では
違った
趣があります。
そんなわけではありませんが
あたたかくなる尾道ラーメンを
「朱華園」にて食べてきましたよ・・・・
(笑)
出発から約30分後




生野本通中央商店街

御勝山南公園にて

同上

コリアタウン 百済門


新路商店街

理容店

単線だった城東貨物線(片町線支線)が旅客線化され複線化されている。
おおさか東線という名称にて新大阪~久宝寺(JR大和路線・・・八尾市)にて営業されるとのこと。
奥の方が旧の高架,これに新の高架が付け足されて複線化が図られているようだ。

中央環状線の上にある近畿高速道・・・を横切り・・・

こんな細い路地もあり

生駒山も近づいてきました

恩智川を越えるともうちょいだ



かつてここでカブスカウト(東大阪第3団)の会合がありました。

母校。
記憶に間違いがなければ
この(増築された)校舎を最初に使用したのは我々だった。
ここから実家まで,ジョギングなら,10分弱・・・・・・
=====================================================================
◇◇ 東京マラソン 抽選結果(当選)のお知らせ ◇◇
=====================================================================
・・・・・・様
受付番号:・・・・・・・
このたびは東京マラソンへご応募いただき、誠にありがとうございました。
平成19年6月17日から8月17日の募集期間にて定員を大幅に超える応募があり
厳正なる抽選を行いましたところ、当選とさせていただきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
東京マラソン2008 (Tokyo Marathon 2008)
やった,
今年は当選!
5年ぶりのフルマラソン!!!
惨敗だった前回の雪辱を(笑)
更に練習しなければねえ・・・・・・・・!!!
大会のコース
・・・・
やはり・・・・・・・長い
嬉しさ半分
気の重たさも半分(笑)
参加される
フルの方も10Kの方も
頑張って目標を達成しましょう!
私は
第1目標・・・・・ゴール到達
第2目標・・・・・完走(歩くことなくゴールへ)
東京マラソン2008 (英文名:Tokyo Marathon 2008)
開催日時 2008年(平成20年)2月17日(日)
9:10 マラソン(10km)スタート
過去ログ
2007年8月20日 (月)5倍ですか・・・・(第2回東京マラソンの応募)
2007年2月18日 (日)東京マラソン2007観戦中(残念ながらテレビにて)2006年10月 5日 (木)助かった?(笑)(東京マラソン2007抽選結果・・落選)
追記)
ご利用ありがとうございました。
エントリーの受付が完了いたしました。
ご登録メールアドレス:・・・・・・・宛に
『東京マラソン決済登録のお知らせ』とのタイトルの確認メールをお送りいたしました。
なお、コンビニ支払い選択の場合、メール文中にてお支払い用の詳細情報が確認できます。
支払い期限までにお手続きをいただくようにお願いいたします。
追記2)
・・・・・・・様
受注番号:・・・・・・・・・・・・
東京マラソンへ申込登録いただき、ありがとうございます。
以下の内容の通り、大会参加料のお支払いおよび申込受付が完了いたしました。
クレジットカード支払いの承認も得られておりますので、ご確認ください。
また、後日改めまして、大会事務局よりご登録の住所宛てに大会参加案内書が
発送される予定となっております。発送までの間しばらくお待ちいただきます
よう、よろしくお願い申し上げます。
大会情報につきましては、大会HPにて随時更新される予定でございますので
そちらにてご確認ください。よろしくお願い申し上げます。
(以下略)
ホント,
あとは東京行きの手配と
練習あるのみ(笑)!
追記)
関連過去ログ
東京マラソンのコース

お祝いの夜
多くの嬉しき顔に出会えることあり
よろしきことなり
追記〉@携帯より
帰ることを考えたが
ハイカイしていた者達を見かけたので拉致して祇園へ
終われば日も変わり
やはり大阪へは帰れず(笑)
今日明日は京都で仕事
ということで京都泊まり。
特に飲みに行く予定もなく(笑)
ということで
ジョギングシューズ等を持ってきた。
今月に入って,全く走れていない。
ということで,今日こそは,京都で1時間以上
ジョギングするぞと目論んでいた。
予定終了後,特に,障害もなく(笑)宿泊先へ。
スタートは,宿泊先の前となる
二条城の前


千本通りを上がって(京都は北の方に向けてなだらかな登り坂になっているため,北に行くことを上がるという),北大路通りへ,
烏丸通りまで東行し,烏丸通りの一本ほど内側の細い路地を(主に室町通り)南に下る・・・・
京都の路地は趣がある。
室町通りあたりだと昔ながらの建物も多く残されている。
車も少ない。
何しろ殆ど信号がない(北大路から御池通まで,今出川通りしか信号がない(丸太町通りにもない・・・笑),また信号があっても車が少ないので。。。。。。。
しかし,暗い中を走っていると,周りの通行人は怪訝そう・・・・・
久々に1時間チョイと走りました。

いい汗かいて,
汗を流して
バーにでも行くかいな
しかし,
秋(???)の京都の金曜日はシングルが空いていなかった・・・
ということで
ツインのシングルユース。
ダブルのシングルユースは,まだ合理性があるが
ツインのシングルユースって・・・・
特に,料金が高いとどうも納得できない
まあ,チョイと広いので,空間のゆったり感はあるのだが
しょせん
2つもあるべっどの
1つだけを使って寝るだけでしょ・・・・・(笑)
149326
blog今日もいい日
追記)
ホテルのバーは
24時まで・・・・・かつては25時ぐらいまでやっていたようにも思ったが・・・・
ということで近くのコンビニビールを買いに
レギュラー缶にするか500ml缶にするか
迷って?
500ml缶ビール
それも
ホテルに着くまでには
なぜか?
なくなってしまった(笑)


初挑戦(笑)
追記)10日0時30分


東京で土日の予定が急に入った。
月曜日に元々予定がある,ということで2泊。
しかし,月曜日に〆切の予定があり,それをやらなければならない・・・
ということで,予定の外出以外は缶詰状態。

宿泊場所と東京の地図を見て家を出る前に決めていた。
時間を作って皇居を一周するジョギングをしようと。

皇居周辺に着くと,もう午後10時近く,さすがに走っている人は殆どいない(笑)
しかし,ここまで来るまでに皇居周辺で走る人が多いわけが実感できた。
なにしろ信号が多い。また,待ち時間も長い。
信号に止められることなくジョギングすることが出来る皇居の外周は有り難い環境。

聖橋
さだまさしの「檸檬」の世界・・・・
なんて思いながら。
また,東京は,なんて坂が多いんだ・・・・
東京でのマラソンというのは,大変だ(笑)

試合終了時にいましたよ。
追記)
最大12.5ゲーム開いていたものを
とうとう
阪神首位奪取ですね。
このまま行って欲しくはあるが
ただ,投手陣このまま踏ん張れるか
過酷
また
個人的には
浮かれている場合でもないのだが
・・・・

追記)8月26日午前10時
大阪長居競技場で行われている,世界陸上の開会式に行くことに。
それほど離れた場所でもないし
こんな大会もう二度と実物を見ることも無いだろうし(笑)

ゲート前は人だかり。世界大会だけあって?金属探知機によるチェック等あり。

入場行進を待つ選手や関係者たち

開会式が始まったものの,残念ながら空席がかなり目立つところもあり。

赤と白の日本選手団も入場


サラ・ブライトマン(Sarah Brightman)さん
世界初披露となる「ランニング(ジュピター~栄光の輝き)」
彼女のウェブサイトでは
Broadcast stations for IAAF: "Running" debuts on Aug 25
As announced previously, Sarah will be debuting "Running," the theme song for the IAAF Championships, at the opening ceremony in Osaka on Aug 25.
とありますね。

織田裕二氏による公式テーマソング「ALL my treasures」
坂田籐十郎氏による大阪締め


ハンマー投げには室伏氏登場


世界的なイベントというものをやはり子どもたちにも見せておくことは大事かなと思い急遽やってきた。
会場で,世界陸上という大会は,オリンピック,サッカーのワールドカップと並ぶ大きな世界大会であることが紹介されていて子どもたちが驚いていた。
単純に知らなかったということもあるだろうが,もう一つには,それほどの盛り上がりが感じられないと言うところにもあるのだろうか?
しかし,値段高いよね・・・・・・・・
これで満席にするのはチョイときついんじゃないだろうか。
協賛の企業が配っていると思われる場所にも空席が目立つし
空席が目立つと,気分的にも盛り上がらないね。
せっかくのイベント,なんとか盛り上がっていただきたいものだと思うのだけど。
まあ,個人的には,色々と楽しく観てきましたけどね。

@携帯より
打ち合わせ
その後に
こちらで働いている
もとゼミ生とごはん(こちらはalcoholも勝手にあり(笑))
まあ仕事冥利ということで。
いい時間を過ごしました。
迷惑はともかく所在地まわりしたいねえ(笑)
みな元気かねぇ
@携帯より

トコトコと
@携帯より
追記)
大川(淀川)沿いを通って,途中,大阪城の横を通った。
夜も遅いという,結構天守閣に向かう人がいる。
そういえば
「大阪カルチャーナイトフェスティバル2007
大阪城 城灯りの景(しろあかりのえ)」
をやっている期間だ・・・・・,
ということで,天守閣近くに寄ってみた
が,
灯は既に消されていた・・・
期間:2007年8月17日(金)~19日(日)
時間:18:00~21:00
だそうな・・・・・・ジョギングを9時からやっているようではあきまへん
もうちょっと早めに出ないと。
東京から姪っ子が遊びに来ていることもあり
15日,大阪城公園へ

実は,コンクリート造りで,エレベータまで設置されている大阪城(笑)
豊臣秀吉は凄いでしょ!
との説明を
どこまで信用してくれたのやら(笑)

天守閣の最上階からみる,西の丸庭園には人影がなし。
休園中なのかと思ったが,念のため寄ってみると,営業中。
利用者は,うちらだけ・・・・・・
暑いことは暑かったものの,贅沢なひとときでもあった。



しかし,,,何で?
広大な空間・・・・・
いいところなのに。
暑い1日には,
冷凍ミカン 
blog今日もいい日

今日は工場にて会議
@携帯より
追記)


瀬戸内海・・・・行き交う船多し

左手には明石海峡大橋

淡路島

最寄りの駅前で見かけたもの

大中遺跡というものが播磨町にはあるようだがそれの関連のものなのだろうか??

堀川御池通りあたりで発見
「御池」とはどこの御池のことなのかな?
神泉苑関連なのや?
@昨夜京都泊
追記)8月3日
「御池通り」は,平安京の三条坊門小路に相当するとのことで,やはり広大な池を有していた神泉苑に通じる道だったことから「御池通り」と称されるようになったらしい。
なお,現在のように広い道になったのは,戦時中に,延焼を防ぐ防火帯とする目的で沿道の家屋を強制疎開させたからとのこと。

あついあつい
奈良にて
追記)


佐保川・・・天平橋に向けて
佐保という地名を耳にしたことがあったことから来てみたのだが,万葉集にも詠まれている川だそうな。
天平橋・・・ぱっと見木造のようで・・・近づくとコンクリート造(笑)
(なお,近くには聖武天皇陵もあるようだ)

撮影したあたりには「長慶」との碑が
長慶橋ということでしょうか?

若草山の方向

何かといえば
コインランドリー・・・・・古都ならでは?(笑)

さてと
打ち合わせ
東京へ行く前夜は京都泊まりだった。
会議,その後の会合のあとは,京都駅近くの宿泊先まで散歩?
夜の京都御所




なお,カメラの感度を上げていることから比較的明るく写っているが,実際は,かなり暗い。
一人で歩くとちょいと不気味かも。
まあ,既にお酒が入っていると,恐いものもどこへとやら・・・・・・・・(笑)
祇園のあたりまで来ると,御神輿に遭遇。
祇園祭(祇園御霊会)は,山鉾巡行がクローズアップされるが,実は約1ヶ月間も行われている。
山鉾巡行が終わると,3柱の神を載せた3つの御神輿が八坂神社から「御旅所」に運ばれるとのこと。この御旅所から,八坂神社にお帰りになるのが24日とのことで,お帰りになる一つの御神輿にであったようだった。


なにやら気分も良く,いつもは先輩に連れて行っていただいている御茶屋さんに独りで行ってみようと思い立った。
敷居の高いといわれる京都のこと,どうだろうかと思ったが,電話してみるとOKとの返事。


これは,長刀鉾を示す意匠だとのこと。
酔人として店を出たあと,歩いてホテルまで行けるはずもなく,さすがにタクシー(笑)

皇居前の広大な空間をしゃりしゃりと音をたて
行き交う車の騒音を蹴散らかせて
大手町の明かりと
車のライト
闇と
空
風は
既に
我がもの
もらったねと思う(笑)
@携帯より
追記)
一仕事のあと,赤坂で打ち合わせ。
その後は,東京駅まで散歩?(笑)
歩くと,個別の地名の位置関係を体感できる。
また,東京は,色々と面白い。
バックパッカーとなった昨今,散歩の機会強化?(笑)

途中で国立国会図書館にて登録。
2年間利用実績がないと登録が取消になるとのこと。
利用機会は,あるのだろうか?

東京の高速道路は凄い。
何でこんなところに高速道路があるねん?と思わざるを得ないところにもある。
(歩道横の高速道路)

皇居の外周はジョギングをする方が多い。
但し,その横には,交通量の多い道路が・・・・
こんな場所の空気を吸って走ることが,体によいのやら悪いのやら・・・・

桜田門







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あまり食にこだわりのない私は,食べている時間があれば,町をキョロキョロしている方が楽しい。
(一人で食べても,あんまし美味しくないしね。。。笑)
よって,食は駅弁(笑)
新幹線は,当然,新大阪止まりのものを選択。

ガッコの東京での本拠地があるとのことで見てきた。
立派(驚&笑)
先日、前期の担当が終わり、さすがに3足のワラジはきついので、来年度は遠慮することも考えていた。
のだが
結局、少なくとも来年度は引き続きとなった(笑)
東京も暑い。
東京駅から徒歩にて移動中。
東京の町は凄いと思うがこれだけ店があってやって行けるのだろうかと心配してしまう。しかし東京の人のあしどりは遅い。その点ニューヨーカーとはかなり異なる。大阪人よりも遅い?
東京の余裕の現れ?
現在、日比谷公園。
日影はよし(笑)。
風あり。
都会のど真ん中でミンミン蝉の声も。
@携帯より
追記)7月26日
泊まり先の京都を午前中に発って,東京へ


渉成園は,真宗大谷派の本山(真宗本廟)の飛地境内地。
周囲に枳殻(からたち)が植えてあったことから枳殻邸(きこくてい)ともよばれている。
金曜日午前中のオフに,観ることに。
この場所の存在を言葉の上で知ったのはかなり以前のこと。
今はどうなのか知らないが,かつて東本願寺(真宗大谷派)には法主側と内局側に分かれた内紛があり,そのような折りに,法主(開祖親鸞の子孫)だったかその家族がこの土地を担保かなにかにいれていたことが判明して大騒動になった,というものであった(勿論,リアルタイムで聴いていたものではない)。
このような問題は国会でも取り上げられていたようだ。
第087回国会衆議院法務委員会第20号(昭和54年7月11日)
第091回国会 衆議院予算委員会第一分科会第4号(昭和55年3月7日)
そもそも,東本願寺が生まれたのは江戸時代に入ってからのことであり,浄土真宗側の見解はよくわからないが,東本願寺の創設に大きく関わった江戸幕府側には,当時,絶大なる力を有していた本願寺の勢力を分割(あるいは分裂)させて力を削ごうという政治的な意図があったことは明白と思う。
そのようないきさつのある東本願寺における,「お東さんの内紛」というものは,どういうものだったのだろうかとも考えながら。
それでも
このような人のドロドロした思惑をよそに,
庭園は,美の存在として凛としている。




敷地内の家屋には「大谷」との表札が。
現在の住人は,どのような方なのだろうか。
なお,時節柄,蚊が多いのでご用心(笑)!
イノダコーヒー本店にてお茶して・・・

その後オオサカへ,
昼からは仕事・・・・・・・。
140953
blog今日もいい日
元々呉服屋だったという築100年の町家に手を加えて生まれ店とのこと。
店に入ったのはまだ明るい頃だったこともあり,
あいていた1階のカウンター席へ案内される。
この店について,私には何の予備知識も無く(笑),
嫁さんがガイドブックで探し出した店。
(次第にいっぱいになったので,予約を入れておいた方がよいのでしょう)

(写真は,帰りがけのもの)
今回いただいたのは5250円のおまかせのコース料理。
先付,八寸,造り,煮物,焼き物,揚げ物,ご飯に漬け物,みそ汁,デザート
他に7000円台と3000円台の同様のコースがあった(品数は同じだが食材等が異なるとのこと)。
ひたすら
美味しかった。


食器類が気になった・・・・特に,棚の上のものが(笑)

ということで



ご飯は土鍋で炊く

これはコースのものではないが・・・
(鮎のフナ寿司風?)・・・・・・酒飲みには絶品!


大将も気さくな方。
他のお客さんとも話が弾み,
面白い夜だった。

これを書くにあたって,いくつかの記事を検索した。
「京都の老舗で20年間腕を磨いて,料理は酒に合うことが前提」という記事(ガイドブック)や
「ウチの料理は基本にのっとった日本料理。創作系ではありません。素材を選び、きちんと調理をし、そして季節感を盛りつける、そんな料理なんです」と書かれてあった。
正しく,その通りとの感じを受ける店。

値段も含めて,全体的に良き一夜でした。
前日,梅田にあるハービスエント内で和食をいただいた。
店の雰囲気が今風で,値段はやけに高い(時価という表示も多々見られた・・・・そんなもの頼まないけどね・・・笑)。
それはそれでよい。
見合えば。
しかし,何しろ美味しくなかった。
腕に未熟な者達がやっているようだった。
そのような日の次の日だった。
,
その道で場数を踏んだ方々のものは違う。
とあらためて思うと共に
日本食は,凄いねとも再認識した夜でもありました。
「野あそび」
京都市中京区室町通御池上ル六軒目西側
(京都府京都市中京区室町通り御池上ル御池之町309)
TEL:075(257)5800
営業時間:
12時~14時30分(ラストオーダー13時30分)
17時30分~23時(ラストオーダー21時30分).
休:日曜(祝日は不定休)
注)営業時間と休日を訂正
なお,情報源によって異なるもので・・・休日については怪しい
ただ,昼時間にやっていることは,間違いない。
大将が
「昼は,主婦でいっぱい」
とおっしゃっていましたので(笑)
140850
blog今日もいい日
昨日はお休みをいただいて夕刻から京都へ。
祇園祭のメインの山鉾巡行も終わったことだから,京都も落ち着きを取り戻しているに違いないと。
子どもたちは,昨日からそれぞれ泊まりがけで出払っていることもあるし(笑)
日の昼すぎに,「片泊まり」にて宿を予約
片泊まりとは宿泊+朝食のコース
イギリスでいうところのBB(ベッド・アンド・ブレックファースト・・・懐かしや)
場所は京都駅近くの東本願寺の向かい側

本願寺の講の方が本来の客層のようだ
京町屋の雰囲気がよい。



部屋はチョイと狭いが特に問題はない。


窓の外
ゆったりしたお風呂もあり,半露天風呂も備わっていた。
門限が夜10時・・・・・健康的(笑)
京都に停まるときには,ホテルに泊まるよりもこのようなところがよいのかも。
泊まり先で書類を検討したり,資料を見ながら書類作成をパソコンですることがあるのだが,ホテルに備え付けの机は狭いし,灯りも中途半端。それに引き換えて,お宿だと机を十分に活用できる。
こんな使い方をするのも良いのかと思った。
朝食付きで1泊一人8000円だった。
御宿「にわ」
075-351-1808

台風の影響を心配したが
約2時間遅れながら伊丹空港着。
ここまで来るとあとはもう少し。
@大阪空港発の最終の空港バスにて

暴風雨圏に入って16時間以上
雨風益々無茶苦茶
ホントに目茶苦茶
凄まじき自然の力。
追記)
天に雨と風がどれほど隠されているというのか。
それなりに
そうそう体験できない世界を楽しんでもいるのだが
もう,風と雨はもういい・・・・(苦笑)
しかし,暴風圏を抜けるのは明日午前3時頃の見込みとのこと。
明日の飛行機
さすがに,こちらの方は大丈夫のようだが
大阪がどうなのだろうか?
追記)7月15日
このような機会は,なかなか無いことなので,台風体感のため屋外に!


最難関が,屋外に出るための階段。
まともに立っていることもできません。

写真の左側にある海から凄まじい風が吹き付けてきています。
建物の隙間であるため,平地に比して風の勢いが増している。
まんべんなく吹いているのではなく,強弱入り混ざっているだけに余計に対応が困難。
突如としてとんでもなく強い風が吹き付けてくる。
瞬間最大風速というものはこのようなものなのかと。
930ヘクトパスカル,風速40~50メートルを超える台風は凄まじい。
雨が痛い!
このようなことは
実際に体験してみるまで,わからんですね。
(体験はしたくなかったのだが・・・・・)


行くところもないので,こんなのを作っていました。

同じような状況の方多数のため,盛況でしたね(笑)

私にはかつて体験したことがないような強い風と持続する大雨でしたが,沖縄の方にとっては,台風は避けて通ることのできないもの。事前の対策や,見極めはすばらしいものでした。
ホテル内のレストラン等の屋内の施設はほぼ正常営業
大風・大雨の中でも,巡行バス等も運行されている。
(乗り込むまでが大変なのだが・・・・)
沖縄でも物的にはかなりの被害があったようですが(木々が一番悲惨),人的被害は,台風の規模を考えると最小限に留められていたのでは。
大阪で風速50メートルを超える風が吹けば,看板は空を舞い等々・・・・このような飛散物による被害が甚大になるのでしょう。
自然災害に対しては,予測と適切な対応が必要であり且つかなりの有効性があることを改めて感じる機会でもあり。
でもマダマダこれから。
コワ。
追記)7月15日
朝になると、台風4号の影響がはっきりとわかる海。


予報に接して海の予定は早めに入れていた。
着いた翌朝にはシュノーケリングと思っていたのだが、目の前の波とニュースであきらめていた。
しかし、意外にもOKとのこと。沖縄の西海岸はそれほどひどくはないとのこと。

確かに、沖縄の東側と西側ではかなりの違い。

それでも、帰るころになると波風が強くなりつつあった。

もちろん、朝からビーチはクロード


それでも、午後3時ころには慶佐次湾のヒルギ林(マングローブ)へ
増水&水はにごりということでマングローブの詳細は不明だったがカヤックにて楽しむ
河口からは波が押し寄せてきている。

海沿いの道路は、海からの波をかぶる。
そんな荒れた海でもサーフィンを楽しむ?者たちがいた・・・・・
さらに風は強まり


夜半には・・・・・

その後、暴風圏へ。

遭遇前と言うこと。
追記)7月15日
午前中は仕事。
午後からは沖縄へ。

午後4時ころの南国は
まだまだ青い空。

大浦湾を臨む沖縄県名護市にあるホテル

午後7時を過ぎているが西の地はまたまだ明るい。



部屋付のベランダからは大海原。
沖縄の南東の海が見える。
水平線の向こうにからは大嵐が迫ってきている。

椰子の木
平穏
この度の沖縄。
台風4号(MAN-YI・マンニィ)の本島直撃を免れることはできないとの予報だった・・・・・・・。

大和三山の一つの畝傍山(うねびやま)
・・・・だと思う・・・・
近鉄(大和)八木駅のホームより(地図:googlemap)パチリと

拡大前はこんな写真
上の写真は拡大&トリミング後のもの
八木での打合せ後
その後
大雨

137743
blog今日もいい日
追記)
大和三山
いにしえの都人達が身近に接した山々
奈良盆地の周囲に位置する山々とは異なり
間近にあり
高さも,そびえ立つでなく人に近い感覚。
そんなことが人の心をとらえたのだろう。
大和三山や三輪山
間近で感じ取って,何かを感じ取ってみたいものだと思う。
このように近くに来る機会があっても
それがかなわないことは,残念。

しまなみ海道を期待したが、雨だと事前にわかっていたので、電車を選択。残念。
しかし片道4時間。日帰りはつらい(笑)
家にたどり着くのは11時半頃か
って
いつもと変わらんか(笑)
@携帯より

瀬戸大橋からの瀬戸内海 ・・・雨

特急しおかぜ

今治駅

今治駅前

再び 特急しおかぜ

車内で「鯛めし」
おみやげとして買ってきた今治駅の観光センターで買った饅頭


ふくらし粉以外の添加物はもちいていないとのこと
なつかしいシンプルな味・・・・・・
なかなかいけてます。

地下を移動することの昨今。
たまに上を歩くとこんなまちで生きているのかと。
@携帯より

大津にて
@携帯より
東京にも以外と登坂が多い

荷物が重いときに階段は遠慮願いたいのだが・・・・・



色々と混在する表情が東京らしくもある






官庁街の様子も変わる



丸ビルと新丸ビル


虎ノ門の虎


日比谷のゴジラ
東京にはどれだけのカネとどれだけのヒトがつぎ込まれているのだろう・・・・
今回もそれを強く思わされる機会。
たまに東京を見に来ると刺激を受ける。

日比谷公園にて(笑)
風も最高
追記)

かつて,オーストリアやドイツ等を訪れたとき
カネがない
食にあまり興味がない
言葉がわからない
等々理由にて
食事の殆どは屋台でのものだった。
主に,ソーセージ,ビール,イモ,キャベツ・・
そんなことを思い出した。
また,ミュンヘンのビールは確かに美味しかったなあ・・・・・
しかし,野菜不足の生活のため口の周りが荒れることに
青空マーケットに行って野菜を買ってきて
マクドナルドの洗面所を借りて
野菜を洗って食べたなあ・・・・




雰囲気がチョイとニューヨクにあるセントラルパークぽい(笑)?



この度も,20キロ程度の荷物を引っ張りながらの移動・・・・・・・
(これで引っ張ると楽なんですけどね・・・・持ち上げなければならないときは一苦労)

日比谷公園・・・・・いいすよね!

映画の影響もあって
大盛況
@携帯より
追記)6月2日
東京タワーに登ったのはいつ以来(笑)
今回は,
ホテルの位置を確認するため
そして,東京の現状を上から鳥瞰してみたい。
時間つぶし(ネットで取ったため,チェックインタイムが午後5時以降)。
&晴天なので見晴らしがいいに違いない,
ということで久々に登ってみることとした。
なお,前回は,特別展望室に登ったが,今回は,地上150mにある大展望室までに留めた。








